この記事では上方落語「はてなの茶碗」を紹介します。
東京では「茶金」という演目で演じられています。
「物の価値がこのようにして決まっていくのか!」と、なんともあやふやな世界に振り回される人物を描いている滑稽噺でもあります。
上方落語界の四天王と言われ、人間国宝でもあった桂米朝さんが復活させた演目です。
子供の頃、ラジオで聞いたことのある二代目・桂三木助さんの噺を元に再度練り直して作られたものです。
今では米朝さんの息子五代目・桂米團治さんをはじめ、他の噺家も演じることが多くなりました。
落語「はてなの茶碗」の聞きどころ
舞台は京都。
京都ではたいへん有名な目利きの茶道具屋・金兵衛さん。
京の町では「茶金」さん呼ばれ、茶金さんのお店の番頭さんも登場します。
片や一山あてようと企む、大阪を勘当され京都で油の行商をしている男。
そして清水寺の音羽の滝の下で茶店を営んでいる親父さん。
油屋と親父さんとの少し危なっかしいやりとりから、ストーリーが展開していきます。
上流階層につながりもある上品な茶金さんと、何とか這い上がろうと元気いっぱいの男とのやりとが軽妙に演じられます。
この人物の対比をどう演じてみせるか、噺家の話芸の見せどころです。
落語「はてなの茶碗」のあらすじ
京都清水寺の音羽の滝下の茶店で油売りの男が休憩していました。
その傍では、京都で有名な茶道具屋の金兵衛さんが、出された茶碗をしげしげと眺め回しています。そして、「はてな?」とつぶやき首をかしげ茶碗を置いて出ていったのでした。
その金兵衛さん、茶道具や茶碗の鑑定では京都随一の目利きで、通称「茶金」さんと呼ばれています。
茶金さんが目を止め手にしただけで、その価格が何十倍、何百倍と跳ね上がるほどです。
それを見ていた油売りの男、あの有名な「茶金」が手に取りまじまじと見ていた茶碗、きっと値打ちがあるものに違いないと考えます。
同じように茶店の親父さんも、茶金さんの様子を見ていたのでした。
金兵衛さんが首をかしげながら眺め回していた茶碗ですから、油屋と茶店の親父さんが「さぞかし値打ちのある茶碗に違いない」と考えるのも当然といえば当然なことです。
この茶碗を無理やりに買い取った油屋
油屋は茶店の親父さんに、この茶碗を売ってくれと頼みます。
他の茶碗ならともかく、この茶碗は売れないと断ります。
「日本一の茶道具屋・茶金さんが“はてな?”と言うて帰っていったんや!」
「千両ぐらいの値打ちがあるかも知れんから売れん!」
「なんや知ってたんかいな!」
「ここに小判二枚ある、もっと出したいけどこれが全部や」
「頼むさかいこの茶碗、二両で売ってぇな!」
「堪忍してぇ!二両やそこらで~」
「頼むわ~!えっ、あかんの!」
「え~わい!あきらめた!そのかわりお前にも儲けささへん!」
「この茶碗、ここでたたき割ってやる!」
「売るか?売らんか?」
この無茶な油屋、儲かったら分け前を持ってくると、半ば脅迫しながら二両で買い取ってしまいます。
二両で買い取った茶碗を茶金さんの店へ持ち込みます
油屋は気の利いた箱を手に入れ、その茶碗を箱に納め茶金さんの店を訪ねます。
応対に出た番頭さんは茶碗を一目見て、何の値打ちもないと門前払いします。
「そんなことはない!茶金さんに取り次いでくれ!」と押し問答。
怒った油屋は、つい番頭さんの頭を「ポカっ!」。
騒ぎを聞きつけた茶金さんが、何があったのかと現れます。
「店が騒がしいが、どぉした?」
出てきた茶金さんが茶碗を見て「これはどこにでもある、一番安手の清水焼の茶碗」と番頭さんと同じことを油屋に伝えます。
気落ちした油屋。
「あんたなぁ~、五日ほど前、音羽の滝下の茶店で、この茶碗しげしげと眺め回して“はてな?”ちゅうて首かしげてたやろ!」
「あんたほどの人や!あんなしょうもない茶ぁの飲みよぉさらすな!」と気持ちをぶつけます。
茶金さん、思い出した様子。
「あぁ~あの茶碗どしたか。わたしお茶をいただいておりましたら、お茶がポタポタ漏りますのや。どこか罅(ひび)でもあるんかいなぁ~、と調べてみても傷もなければ釉薬(うわぐすり)に何の障りもない。“はてな?”と首をかしげたまでのこと。」
すっかり気落ちした油屋に茶金さんは、わたしの名前に二両出してくれたのだからと三両で買い取った上で、
「これからは地道に商いしなはれ」と諭します。
この話が関白鷹司公、時の帝、鴻池善右衛門の耳に!
茶金さんが関白鷹司公をお訪ねした折、「こんなことがありました!」と傷もないのにお茶がポタポタ漏れる茶碗を話題にしました。
「自分も見てみたい」と仰せになり、人を走らせその茶碗をもって来させます。
お湯を注いでみると、やはり水がポタポタと漏れます。
「おもしろき茶碗である。両紙を持て!」と筆を持ち、歌を一首添えて茶金さんへ返します。
宮中でも話題となり、ついに時の帝の耳にも届きます。
「一度、その茶碗が見たい!」と茶碗を手に取ると、同じようにポタリポタリと帝の裾を濡らします。
「面白き茶碗である!」と筆を取り、箱のふたに万葉仮名で「波天奈」としたためます。
すごい値打ちがついてしまった茶碗が、茶金さんの手元に戻ってまいりました。
ついには大阪の豪商・鴻池善右衛門に千両で売れてしまいます。
茶金さんは、一刻も早く油屋に知らせてやろうと思います。
一方、油屋は面目ないと茶金さんの店の前は通らないようにしています。
やっと見つけて、小さくなっている油屋に、
「あの茶碗千両で売れた」
「えっ、やることがえげつない!二両で仕入れて千両で売るとは!」
そのいきさつを話して聞かせます。
「わたいらが持ってたら、ただの安もん、傷もんの茶碗だっせぇ~」
「それをあんさんが手に入れただけで、それだけの値打ちが付きまんねんねなぁ~」
茶金さんは、半分の五百両を油屋に分け与えます。
オチは「今度は水がめの漏るやつ!」
油屋は五百両を手に大阪へ帰ったもの、とばかり思っていた茶金さん。
数日後、表がずいぶんと騒がしいので出てみると、油屋が大勢の人とそろって大騒ぎ。
それに重たげに何やら担いで茶金さんの元へ。
「これ!油屋さん、油屋さん!何をしてるんや?」
「うわぁ~茶金さん、今度は十万八千両の金儲けや!」
「今度は水がめの漏るやつ見つけてきたんや!」
なぜ十万八千両なのか???
いくつか説があるようですが・・・・・