落語「鴻池の犬」/犬の世界でも運不運がある?

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落語「鴻池の犬」/犬の世界でも運不運がある?

上方落語に登場する実在した人物といえば「鴻池善右衛門」。
ひょんなことから、その鴻池家にもらわれていった捨て犬が登場する落語です。
東京の寄席でも高座にかけられる上方落語の演目です。

 

ある商家の軒先に捨てられていた、黒、白、ぶち3匹の捨て犬。
主人の許しを得た丁稚が3匹の犬の世話をするようになります。

 

ある日、通りすがりの男から「黒い犬を譲ってほしい」との申し出があります。
3匹の捨て犬が運不運に分かれる、人生ならぬ犬生が始まります。
落語は、舞台が人間社会から犬社会に移っていきます。

 

落語に登場するのは、犬の三兄弟(クロ、シロ、ブチ)、丁稚の常吉、商家の旦那さん、鴻池善右衛門家の手代・太兵衛。

 

落語「鴻池の犬」のあらすじ

船場・南本町にある商家の軒先で拾われた3匹の犬は、丁稚の常吉が世話をしています。
そこへ、通りすがりの男が立ち寄り「その黒い犬を譲ってはしい」と申し出てきます。
後日、吉日を選んで再訪すると伝え、その場を去っていきます。

 

からかわれた思い込んだ主は憤慨してしまいます。

 

それから10日ほど経った頃、先日クロを譲り受けたいと申し出た男が紋付羽織・袴姿で訪ねてきます。
主は、先日はからかいに来たと思い込んでいたがそうではなかったことが分かりました。

 

ところが、男が持参してきた手土産が鰹節一箱、反物二反、酒三升。
あまりの豪華さに主は心変わりがします。
「捨て犬1匹で金儲けをした、得をした」と思われては近所を大手を振って歩けないと考え、この話を断ってしまいます。

 

そこで男は、自分は今橋に住む鴻池善右衛門家の手代・太兵衛だと、名乗ります。
太兵衛は「鴻池家の坊(ぼん)が飼っていた黒犬が死に、ひどく気落ちしているので
是非とも譲ってほしい」と懇願します。

 

「あの鴻池家なら!」と商家の主は納得し、黒犬を譲り渡します。
クロは豪華な神輿に乗せられ鴻池家へもらわれて行きました。

 

落語はこの後、犬の世界へと舞台を移します。

 

落語「鴻池の犬」の聴きどころ

広い敷地で、毎日鴻池家の豪華なエサで育ったクロ。
大きく立派に成長し、この界隈では「鴻池の大将」として名をとどろかせています。

 

ある日、近所では見かけない痩せ衰えた白と黒の斑犬が、近所の犬に追われて鴻池家に逃げてきます。

(以下のやりとりは、【上方落語メモ第2集】その57より抜粋)

 

クロ:「こらこら!おまえら何をしとんねん!」
「見てみぃ、見りゃ相手は病気の犬やないかい、弱いもんいじめは一番いかんこっちゃない
か!」

 

近所の犬:「別に弱いもんいじめちゅうわけやないんでっけどね、挨拶もせんと通りますので、
いっぺんいてまえちゅうて。」

 

クロ:「船場のもんが“いてまえ”てな、そんな品のない言葉使うんもんやないがな。」
「お前もなぁ、ちょっと挨拶して通らないかんやないかいな。これから気ぃ付けなあかんで。」

 

白黒の斑犬:「危ないとこ助けていただきまして、まことにありがとうございます。」

 

クロ:「ところで、お前どっから来たんや?」

 

白黒の斑犬:「へぇ、あのぉ、今宮からまいりましたんでございます。」

 

クロ:「ほぉ今宮から、遠い所から来たんやなぁ。何でやまた?」

 

白黒の斑犬:「まことに面目(めんぼく)ない話ですけどね、もぉここんとこしばらくこれといぅもん
食うて ないんで、お腹ペコペコに減らしてましたんです。」

 

白黒の斑犬:「今から考えたら船場の丁稚さんでしたんですねぇ。
向こぉへお使いに行って帰り道にお芋さん買わはりましてね、それ帰りしな歩きながら
食べたはったんですけどね、ついていてましたら皮ピャッと放ってくれはるんです。」

 

白黒の斑犬:「その皮をいただきながらついてきたら、船場まで来とりました。」

 

クロ:「ほぉ~ッ、よくせきお腹空かしてたんやなぁ、そぉか。で、お前だいたい今宮のもんか?]

 

白黒の斑犬「いぃえぇ、生まれは船場でんねん」

 

クロ:「船場!土地のもんやないかい。船場はどこや?」

 

クロは、この白と黒の斑犬のこれまでの事情を聞き始めます。
生まれは船場の南本町、質屋があって筋向かいに大ぉきな大ぉきな用水桶があったとのこと。

 

3匹兄弟で、一番上兄さんは鴻池さんへもらわれて行ったこと。
その次の兄さんは元気な犬で、ある日表へ飛び出して荷車にひかれなくなったこと。

 

自分は、悪い遊びを覚え盗み食い、拾い食いを重ねるうちに病気になり捨てられてしまったこと。

 

事情を聞くうちに、クロが小さいころ別れた弟だとわかります。

 

クロ:「お~い、みんな聞ぃてくれ!こら、俺が小さい時分に別れた俺の弟やがな!」

 

白黒の斑犬:「えっ!あんさん鴻池の兄さんですか?! 面目ない!」

 

クロ:「何が面目ないことあるかい、面目ないのはこっちやないかい。」
「お前みたいな弟があると分かったら世間に対して尾ぉが上がらんやないか!どんならんでホンマにもぉ。」

 

原話は江戸のようですが、落語「鴻池の犬」として練られていきました。
明治30年頃に東京へ持ち込まれ、江戸風に改変され高座にかけられるようになったそうです。

 

現在高座にかけられている「鴻池の犬」は、桂米朝さんが5代目・笑福亭松鶴さんの落語速記から掘り起こしたもの、とのこと。
今でも、米朝一門の噺家さんが演じることが多いようです。

 

 

落語「鴻池の犬」のオチ

クロは、自分の弟だとわかった白黒の斑犬の苦労話を聞いていきます。

 

クロが「何かおいしいものを食わせてやる!」と言っていると、奥の方から「コイコイコイコ
イ・・・・・」と呼ぶ声がします。

 

急いで奥の方へ走って行くと、“鯛の浜焼き”を口にくわえて戻ってきます。
「食べろ!」と弟の前に置きます。

 

弟が喜んで食べていると、また「コイコイコイコイ・・・・・」の声がします。
今度は鰻巻きをくわえて戻ってくると、弟に食えと前に置きます。

 

弟:「兄さんからお先に」と遠慮すると、

クロ:「そんなもん食い飽きている、今晩あたりあっさりと奈良漬で茶漬けが食べたいと思うてたと               こや!」

 

また、奥の方から「コイコイコイコイ・・・・・」の声。
今度は何もくわえずに戻ってきました。

 

弟:「兄さん、今度何くれはりました?」

クロ:「それがな、今度は何にもくれはれへん!」

 

弟:「そぉかて、今“コイコイコイコイ・・・・・”言ぅてはりましたがな」

 

オチです。

クロ:「坊(ぼん)にオシッコさしてはったんや」

 

犬が主役のなんとも滑稽な落語です。
ほっこりしますね。